沿革

宝林寺は、西暦1627年(寛永4年)浅草・横山町の「江戸浅草御坊(現在の築地本願寺)」の寺中として僧 林西により成立したといわれています。


その後、歴史的にも有名な1657年の「明暦の大火」により堂宇が焼失してしまいました。この「明暦の大火」は、「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるように火事が頻発していた江戸において最大の火事であっただけでなく、現在に至ってもなお、日本史上最大の火災であるとされています。


その後、築地本願寺近くに移転しました。現在、築地場外市場がある場所に58ヶ寺が「築地本願寺寺中子院」として伝道布教活動を行っており、宝林寺もその一つでした。しかしながら1923年(大正12年)の関東大震災によって被災、その後築地の区画整理により再びの移転を余儀なくされます。

当時の築地本願寺と寺中子院の様子。この画は本堂にてご覧になれます。

そのような経緯を経て、1928年(昭和3年)現在の地、東京都練馬区に移ってきました。現在宝林寺がある地域は「三軒寺」と称されています。これは、築地からの移転の際、同じく寺中子院であった教覚寺、真龍寺と共に3軒の寺院が隣接して建立されたことに由来しています。

練馬の地に移転後、1937年(昭和12年)に本堂が落成し、庫裏の増改築や墓地の整備がなされてきました。当時の住職のゆかりの地である新潟から、開通したばかりの西武線で建材を運搬して堂宇が建立されたと伝えられています。しかし、経年のなかで瓦が落下するなど、老朽化が随所に見られるようになってきました。

ご門徒の方々より多大なご支援を賜わりまして、2000年(平成12年)に鉄筋コンクリート3階建ての新本堂及び庫裏が落成しました。一見お寺とは思えない建築ではありますが、エレベーターやスロープを完備するなど、バリアフリーに配慮した、どなた様も安心してお参りいただけるようになっています。

2011(平成23)年には、親鸞聖人750回大遠忌(浄土真宗の開祖である親鸞聖人の750回忌)を記念しまして境内に聖人の銅像を建立いたしました。以来、宝林寺にて浄土真宗の御教えが伝え広まっていく様子を見守っておられています。

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